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おはこんばんちは。初めまして。今年の夏公演で作演を務めました、金田理佐子(通称しき)と申します。人生初ブログというわけで、脚本の裏話でも書いてみようと思います。とはいえ、「作家は作品の中で全てを語れば良いのであって、後からああだこうだ言うのは詰まらないからやめろ」と安吾っちに怒られそうですが。まぁ書きますよ。自分語りは大好きなもんで。

以下ネタバレあったらすみません。

まずタイトルについて。「人間万事まわり燈籠」という言葉は、内田百閒先生(漱石の弟子)の文章から拝借しました。「人間」は人と人との係わり合いの世界、「まわり燈籠」は走馬灯の意だそうです。今回(仮)が付いているのは、私がこの作品に全くもって自信が無いからです。大して面白くもないし、未完成で中途半端だって思いがどうしても拭えなくて。こんなこと書くと座組の人達に失礼かもしれないのですが、脚本が面白いことって、面白い舞台の第一条件じゃないですか。どれだけ役者が頑張ったって、やっぱり0を1にすることは難しいんですよ、多分。まぁそういう弁明を孕みつつの(仮)です。

それじゃ本編について触れます。前々から言っている通り、私は本を書くのが好きじゃありません。書けるから書いてるだけで、できれば作演なんてしたくない。疲れますからね。それに、恒常的に面白いものを書き続けられる力量とか創造力も無いので。分不相応ってやつですよ。それでも、書くなら書くでちゃんと良いものを作りたいとは思っていますし、これは書かねばならぬっていう事柄も持ってはいます。それが今回は「バタフライ効果」でした。これは入間人間さんの短編小説『未来を待った男』に影響を受けています。粗筋をざっと書くと、男がバタフライ効果による未来人との邂逅を期待する、ってなるんですかね。うーん、分かり辛い。まぁ読めばいいと思うよ。めちゃくちゃ面白いので。その中に「例えばこの骨を積み上げれば、未来は大きく変わるだろうか?」(疎覚え)って台詞があるんですよ。……何てかっこいいんだ。全てはここから始まっています。えっとつまり、昔の人間がやらかした些細な出来事が長く尾を引いて、現在にまで様々な影響を及ぼすってことがやりたかったんです。失敗しましたけど。こういうのは私の畏敬する伊坂幸太郎さんの小説(「フィッシュストーリー」か「PK」「アイネクライネナハトムジーク」など)にもよくあるので、そういう意味でも書いとかなきゃなって。実は作中で何度か伊坂作品の引用もしています。布教したいから白状しますが、岡本の「人生を要約していいのか」って台詞は伊坂幸太郎『モダンタイムス』に出てきます。布教神なので引用載せますね。

『人生は要約できねえんだよ。人ってのは毎日毎日、必死に生きてるわけだ。つまらない仕事をしたり、誰かと言い合いしたり。そういう取るに足りない出来事の積み重ねで、生活が、人生が、出来上がってる。だろ。ただな、もしそいつの一生を要約するとしたら、そういった日々の変わらない日常は省かれる。結婚だとか離婚だとか、出産だとか転職だとか、そういったトピックは残るにしても、日々の生活は削られる。地味で、くだらないからだ。でもって「だれそれ氏はこれこれこういう人生を送った」なんて要約される。でもな、本当にそいつにとって大事なのは、要約して消えた日々の出来事だよ。それこそが人生ってわけだ。』

……はい、そういうことです。要約できない人生を。素敵な言葉です。宜しければ御一読を。

さて、話を戻します。先述した書いておかなきゃならないテーマの二つ目として、「東京オリンピック」があります。ボランティアの遣り甲斐搾取だなんだと騒がれてますけど、経験しておくべき避けては通れない事柄だと思うんですよね。私自身は勝ち負けの概念が苦手なので好きじゃありませんが。だから事細かくは触れてませんが、軽くかすってはおきました。
私がなぜオリンピックに苦手意識を持っているかと言えば、それは輝いているからです。皆が金メダルを目指して4年間努力してきている訳でしょう。4年間ですよ、4年間。4年あれば小学生が高校生になっちゃうんですよ。すごいですよね。そんな長い間努力し続けられるのって本当に凄いと思います。テレビで強さの秘訣って特番なんかも組まれたりして、親への感謝とか、小さい頃からの軌跡とか放送されて。兄弟と切磋琢磨して育ってきたとか、海外で力を付けたとか、勉強もできるとか。圧倒的カリスマ性オーラが画面越しにガンガン刺さってきたりして。そういうのを見ていると、何だかこう、何も努力せずに好きなことやって平和で満たされて暢々と生きているのが申し訳なくなってくるんですよ。生まれてすみませんってなっちゃって。もっと不幸にならないといけない、苦労しないといけないって気になってくる。でも、苦しみながら生きるのって辛いじゃないですか。やっぱり幸せになりたいと思いますよ。ってところで自己矛盾が起きちゃって、どうにもならなくなる。街頭の募金箱とか、戦時中の映像見てもそうなんですよね。幸福に生きてしまってごめんなさい。どうしようもないですね。だから、誰かに赦して欲しいんですよ。この時代に生まれて、努力もできないでただ日々を謳歌している事を、「悪くはないんじゃないか」って言って欲しい。それは所詮気休めでしかないのですが、多分、救いにはなりますよ。ツチノコ研究会はそういう煩悶のシンボルだと思ってください。

はぁ。やっぱりこういうことを後から書くのって小賢しいですね。熟々嫌になる。もっとマシな人間になりたいですね。

閑話休題。

さて、只今9月29日16:30。残すところあと2ステです。まだまだご予約受付しております。お気軽に劇場まで足をお運びくださいませ。

↓↓【ご予約はコチラ】↓↓
http://ticket.corich.jp/apply/94626/007/
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おはようございます!!!
岡本那津子役、情報コミュニケーション学部1年の海江田南美です!!

おっかしいなぁ…課題も溜まった洗濯物も片付けてから優雅に朝を迎えるはずだったのに…いっけなーい☆寝落ち寝落ち☆どうなっちゃうのー!?【次回予告】えぇっ、私が魔法少女!?来週も観てくれよな!!

とまあ茶番はさておき、朝焼けの中、昨日仲間たちが投稿したブログ記事を読んで感動の涙を流しているところです。でも本当はコンタクトつけたまま寝落ちしたので目がサハラ砂漠です。心で泣いてるんです。わかってください。

普段一緒にバカやってる仲間でも、こうやって考えを文章にしているの見ると、意外な発見があったりしますよね。こんなこと考えてたんだ…!みたいな。かのエーミールも、「そうかそうか、つまり君はそんなやつなんだな。」という名言をのこしていますし。エーミール知ってますか?国語の教科書に出てくるクジャクヤママユです。嘘です。人間です。

だんだん自分が何言ってるかわからなくなってきたので、そろそろ真面目に劇の話をします。
今回の役は、一言で言うとやべぇ奴です。なんか前回の公演からやべぇ奴のイメージが定着しつつある私ですが、本当は真面目なんですよ。この夏休みの課題も、提出日の朝にちゃんと終わらせましたし。まあ、高校の夏休みに出た数学の宿題は未だに終わっていませんが…。だから実質私の高1の夏休みは終わってないんですよね。永遠の16歳になります。
話がそれました。すみません。今回演じさせていただく岡本那津子ちゃんは、やべぇ奴なんです。どの辺がやべぇかどうかは、皆様の目で確かめていただくとして…。やべぇ奴なんですが、心にまっすぐな芯がある、そんな子だと私は思ってます。岡本にブログ書かせたら新しい一面がたくさん見られるんだろうなって感じです。エーミールも大量発生すると思います。\ソウカソウカ…/\ソウカソウカ…/\ソウカソウカ…/
まあ岡本にブログを書かせることはできないので、彼女の頭の中を覗くには19年間鍛えた私のたくましい妄想力を発揮するしかなかったのですが…。私なりに覗いて見えたものを、皆様にお届けできるよう、精一杯頑張ります。わー緊張してきたな。頑張ります!!(でも私より緊張してる仲間がいそうなので、とりあえずそいつの肩を思いっきり叩いてきます!!ベシベシ!!痛そう!!ごめん!!)

当初の予定では全米を泣かせる記事を書くはずだったのですが、気づいたらこんなどうしようもない文章になってました。すみません。ここまでお付き合いいただいた方ありがとうございます。

それでは、「人間万事まわり燈籠(仮)」、本日スタートです!ヨッシャイクデー!!!
こんにちは、小館 直樹 役を務めさせて頂きます古賀 壮大郎です。

唐突ではありますが、皆さんは無駄なものや無益なものをどう思いますか?有益なものばかりに目が向いていませんか?
たしかに有益なものは大事ですが、それは必要条件であって十分条件ではありません。私が思うに、そのような無駄で無益なことにこそ人生を享受するためのスパイスが秘められているのではないでしょうか?

今回の公演『人間万事周り灯篭(仮)』では2020年の舞台において、小館という会社にクビを切られた男と岡本という高校生が登場します。やや功利的な考えに基づいて行動する小館と、“無駄なもの”に目を向け楽しく生きようとする岡本は、その“無駄なもの”への捉え方の対比とも捉えられるのではないでしょうか。
かの有名な倒幕運動家、高杉晋作の辞世句に『おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは 心なりけり』とあります。普段、私たちが軽んじる傾向にある“無駄なもの”に興じるほどの大らかな心であれば、きっと世界は面白くなるでしょう。対して、有益性や実用性の有無ばかりに縛られた有機的でない心から映る世界はディストピアに他ならないのではないでしょうか。
また、今回の作品のあらすじに“何も起きなかった一日”とあります。しかし、何も起きずとも何かが起こってはいるのです。この逆説的な言葉を念頭に、ぜひ夢の中へお入りください。
クラクションを鳴らさず、ツチノコを探したり幽霊を信じたり、そんな“無駄”に興じながら生きようではありませんか。

それではまた会いましょう。公演にご期待ください。
30円の青リンゴ餅の駄菓子の美味しさに感動している、総合数理学部1年の村松 潤です。
「え、ナニソレその学部?」ですか?中野にある理系の学部ですよ。学科では活劇初のパイオニアなのでは…?!とまあ、中野の人間なのだ。😎


今回の劇で自分は善さんって呼ばれてます。バカで単純なところ似てるんだよなぁ()

今回ね、なかなか無い機会なので何を話すかというと、「意味の無いこと」と「MJの最近思ったこと」です❗️(普通とかいうな🙈)


最近ね、意味の無い生産性のないことをするのが好きなんです。この劇でもそんなとりとめもない話があって、とあるシーンで 人生を要約していいんですか? ってのがあります。(そこ好き😂)
活劇でね、ノリつっこみとかギャグとかやるんですけど…生産性は0なんですよ。でも、それを「つまんねっ(^_^)」って言いながらも皆笑ってくれるんです。なんか、そうゆう何でもないことで笑える、心が暖まるってなんかいいなぁって、。


二つ目、これが重要なんですけど思うことを述べます。(可愛いとかデレ松とか言われるから少しくらい本心語ってやるか😝😳)
最近のMJ異常にテンション高いですよね活劇で。ウェイとか、チャラいから?違います。
活劇が心から楽しい、いや活劇人がほんとに好きなんです。演劇ってある意味出会いと別れじゃないですか?同じ人と違う劇で共演しても、完全に同じメンバーではない、それがちょっと名残惜しかったり。。理系の人間って和泉に行くことって演劇やらないと無いんですね。皆に会えない…、
すごく悲しいことでした。(本気で和泉羨ましいって😭)

だけど、最近思うことがあります。

自分が中野でなかなか皆に会えない、だからこそ毎日の稽古を頑張ろう楽しもう、そして関わる人達を大切にしよう、よりそう思えるのかなって。
そんなこと考えてたら気取ったかっこよさとか見栄とかどーでもよくなっちゃって笑 くだらないことで笑い合ったり、無邪気になってみたり、生産性のないことがすごく意味のあることに思えたりするんです。笑顔って素敵だなって、面白いっていいなって、自分なりに皆を楽しませたいんです


仲良くなってちょっかい出しまくって迷惑無礼、めんどくさいのは反省してます。自分の出る嫌いなところです。でも本当に嬉しいのは僕です✨
(挙げ句に、稽古の途中で絶対眠くなるのは嬉しすぎて、いつもはしゃいじゃってるからって事は子供っぽいので言わない…)


とまあ、長くなるのでそろそろ終わりますね❗️


明日、もしくはこれ上がる時は今日ですね!本番です。まだまだ席はございます😌
もう難しいことはいいません!とりあえず予定無い人、あっても!和泉に19時に来てください✨

俺はさ、「人間万事まわり燈籠(仮)」にさ、
出るからさ✨✨✨✨✨✨✨✨✨(*^▽^)/★*☆♪

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